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畑先生のインタビューが載ってるという事で買ってきました。

ほかにもDMCなど9名の作家がインタビューに答えています。
DMCのインタビューはここで画像としては畑先生の顔写真とサンデー32号の表紙のイラストです。
インタビュー一部抜粋↓(
太字は畑先生の言葉です)
―――マンガ家になろうと思ったきっかけは?
『もともとアニメーターになろうと思っていたんです。で、高校時代にジブリの就職試験を受けて、面接で口ベタなのに一生懸命しゃべったら、鈴木プロデューサーに、目立ちたがり屋はアニメーターになれないんだよねぇとと言われ落とされて(笑)。ジブリに受かる気だったから大学受験の勉強とかなにもしてなくて、調べてみたら大阪芸術大学は試験科目に小説があった。当時は富士見ファンタジア文庫(当時最強だったライトノベルレーベル)がはやっていて、中でもファンタジア大賞を取った「風の白猿神(ハマヌーン)」という小説が衝撃的に面白かったんですよ。内容としては、「ガンダム」と「ラピュタ」を足して二で掛けたみたいな感じで、それで自分も書いてみようと長編ファンタジー小説を書いて、大学に受かりました。こりゃ将来は小説家だなと思ったら、その小説が富士見の新人賞に落ちて、そこで”まだマンガがある!”と大学も行かずに半年かけて初めてちゃんとマンガ描いて、「サンデー」の新人の賞に送りました』―――受賞はしなかったんですよね。そこから何故、東京で久米田康治さん(90年「サンデー」デビューのギャグマンガ家。畑氏の師匠)のアシスタント生活に?
『賞に落ちて、絶望してもう死のうと思ってたんですけど(笑)。久米田さんの担当でもあった編集者から電話がかかってきて、見どころはあるよ、俺だけはわかるよと。それで、久米田さんが当時アシスタントを探していたので、声をかけてもらって。これでマンガ家になれるぞと何の疑いもなく大学中退して、東京に出てきました』―――読み切り版から04年10月の新連載開始までのほぼ八ヶ月間は、何をしてたんですか?
『ずーっと、この漫画のことを考えてました。漫画の中に時間軸を持とうと最初から決めていたので、始まりと終わりの時間を決めて、終わりに到るまでのおおまかな話の流れは一通り考えておこうと。なので終わりの時間は、発表はしてないですけど、決めてあります。トゥルーエンドとは別に、打ち切りという可能性も全然あったので、暫定な最終回も考えたり。今のところ連載では二回、暫定最終回をクリアしてるんですけど”その五”まで用意してあるので、いつでも対応できますね(笑)』ほかにもあるのですが長すぎるのでこの辺で・・・
畑先生も2ヶ月描くのに1年半以上かかったのは予想外の模様。
スピード上げないと暫定最終回を描かざるをえなくなってしまうのでトゥルーエンド目指して皆さんで応援しましょう!
でもなんでスタジオヴォイスなんかで特集を・・・